「早く安心させてほしい!?」受験生の親の心の内側
まだまだ大学受験はこれから本番の方も多いと思いますが、
私の方は、この週末、三男の都立受験が終わり、ほっと一息。
家の空気がリラックス&通常モードに入った感じ。
その前の年まで次男の2年連続大学受験もあったので、
3年連続受験がようやく終了。
家族のイベント目白押し。
自らのイベントもあったから濃厚な3年間。
そんなわけで、受験生の親として全く大したことをしていないけれど
受験生がいる、と言うだけで、家の中の空気がどこか少し、
普通ではない、ことに終わってようやく気づきました。
今年で6回目の受験生の親体験。
おかげで、受験生の子どもに対するイライラは、年々減り、
「そのまま」を受け容れられるようになってきたなあと
感じています。
(今回は、受験でもテストでも、
”お勉強キラーい!”と堂々と言うタイプの子だったのもある)
コンシャスな子育て&生き方では
「そのまま」を受け容れる、ことが大きな鍵。
ちなみにコンシャスな子育てとは、
「親の無意識の当たり前や常識に意識的になり、
子どもは何者なのか、という意識を持ち、
子どもの本質の素晴らしさや才能をそのままに、
対等性を持ってつながりながら育っていくことをサポートする子育て。」
何かを問題視するのではなく、良い悪いではなく、
子どもを、状況を、自分を、人を
まずは、「そのまま」受け容れる。
そこを意識してきたことで、
子どもの「そのまま」を受け容れられる力、
「今」を見逃さない力が
筋力のようについてきた感じ。
子どもの人生への信頼度が増したというのかな、
本当に「全てのことが人生の旅への教訓」という感覚が
年々研ぎ澄まされてきたように思います。
親として目先の結果にすぐに結び付けたい衝動に駆られる時も
まだまだもちろんあります汗
要するに
「受験生だったらさっさとやりなさいよ!」と言いたくなる衝動笑
その方が自分が安心できるから。
「早く安心させて欲しい」
受験生の親の究極の望みかも。私も含めて。
と言うより、全ての親の望みなんでしょうね!
だから、、、
「第1志望校に向けて、必死で頑張る姿を見せてほしい!」し、
「やるんだったら一生懸命勉強してほしい!」
それくらい、
「受験生=勉強を必死で頑張るべき」
と言う思い込みは自分も含めてものすごく根強い!驚
(=世の中の当たり前)
この「思い込み」が良い悪いではなく、
この「思い込み」がどこから来ているのか?
いつから持っているのか?
自分の無意識(当たり前)に、
「コンシャス(意識的)」になってみると、
それは、過去の自分の痛みや期待、社会通念から来ていることに
気づくでしょう。
ここで大切なのは、そこには良い悪いはないと言うこと。
一旦、ただ、そうだとしっかり認識して感じてみる。
そうすることで、自分自身の「受験生」へのフィルターが緩み、
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子どもの「そのまま」の姿が見えてきて、
子どもの「心の声」が聴こえてきませんか?
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「今、どんな状態なのか?」
「今、何を必要としているのか?」
「これからどう生きようとしているのか?」
「親の自分に、何を求めているのか?」etc
ハートで、魂レベルで、感じ取れる方も多いに違いないと思います。
もしかしたら、「受験」よりも大事なことに
気づく可能性もあるかもしれません。